ビールの歴史4 アメリカへの伝来

ビールは古代メソポタミア地域で誕生し、古代ギリシアもしくは古代エジプトを経てヨーロッパに伝わったとされ、中世にかけてヨーロッパにおいて広く生産・消費されるようになりました。

そんなビールがついにアメリカにも伝来することになります。想像がついた方も多いかと思いますが、ヨーロッパからの入植者によって、アメリカにビールが持ち込まれました。

北アメリカ大陸をヨーロッパで最初に発見したのはヴァイキングで、西暦1,000年頃とされていますが、当時は定住には至らなかったようです。大航海時代の15世紀末からヨーロッパ人のアメリカへの本格的な移民が始まりました。当初はスペインやポルトガルからの移民が多かったものの、16世紀後半以降イギリスやオランダからの移民が増えていくにつれて、アメリカにビール文化が広がっていきました。

水はどうしても長期間の航海を通して衛生的に保つことができなかったため、移民船は飲料として、水よりも多くのアルコールを積んでいました。イギリスによるアメリカ入植、そしてアメリカ建国の起源とされるメイフラワー号は、1620年にピューリタンを含む約100人を乗せてイギリスからアメリカに渡りましたが、水は14トンしか積んでいなかったのに対し、ビールはその3倍の42トン積んでいました。

当時はまだ水と比べてなぜビールやワインが腐敗しにくいのか科学的には解明されておらず、人々はシンプルにお酒は水より安全と考えていたようです。酔っぱらうというアルコールの副作用ですら、腐敗した水を飲むことにより引き起こされる深刻な症状に比べれば大したことはないと考えられており、むしろアルコールは、喉の渇きを潤すだけでなく豊富な栄養を含み健康増進に資するものとされており、幼児を含め文字通り老若男女がアルコールを消費していました。当時の興味深いエピソードとして、アメリカにおけるイギリスの植民地の中心地域であったニューイングランド(現在のマサチューセッツ州やバーモント州を含むアメリカ北東部)の保険会社が、お酒を飲まない人は弱々しい傾向にあるとして、お酒を飲む人よりも高い保険料を設定したという話があります。

こうした時代背景をもとにアメリカにおいてビールやワインの生産・消費は拡大し、17世紀前半には商業的なビール醸造所が建設されるようになり、1776年のアメリカ合衆国建国以後も、アルコールの生産・消費は拡大を続けました。自宅で飲むだけでなく、酒場(tavern)に集まってお酒を飲むことも一般的となり、酒場は地域の大事な社交場を形成し、それによりアルコールの消費量が増えていきました。当時のアメリカにおける一人当たりのアルコール消費量は、現代よりはるかに多かったようです。

水分や栄養の補給だけでなく、祝いの席を飾り社交場で人々の親睦を深める役割を果たすなど、19世紀までのアメリカの社会にとって非常に重要な存在と考えられていたビールをはじめとするアルコールですが、生産の拡大によって価格が下がり一層消費しやすくなったことも相まって、過度の飲酒やアルコールの影響による暴力が増え、飲酒の危険性が指摘されるようになっていきました。また、アメリカ建国後から19世紀にかけて各地で都市化が進みましたが、都市では貧困と失業が大きな問題となり、それらの問題とアルコールが結びつけて考えられるようにもなりました。

そして、当時のアメリカにおいてアルコールに関する規制は何もなかった中で、アルコールを法律で規制すべきという声が高まっていき、あの「禁酒法」の制定につながっていくこととなります。禁酒法については、次回取り上げたいと思いますので、ご期待ください。

【参考文献】
Hourly History. (2016). Prohibition in the United States. Hourly History.