ビールの歴史6 アメリカ禁酒法の廃止とクラフトビールブームの萌芽

禁酒法施行後のアメリカ社会

禁酒法は1920年1月17日に施行されましたが、酒の製造や販売の禁止が貧困や犯罪といった社会問題の解決につながるという禁酒法制定の理念に反して、酒の流通が消滅することはありませんでした。むしろ酒の需要は依存として存在したため、密造酒や密輸酒の流通という事態が生じました。

都市部ではスピークイージー(Speakeasy)と呼ばれる秘密酒場が急増し、密造酒や密輸酒を提供しました。禁酒法が酒類の消費は禁止しなかったため、酒への需要を抑えることができなかったとされています。

また、酒の流通の闇ネットワークが拡大したことによって、犯罪組織がそこから莫大な利益を得るようになったという問題も生じました。かの有名なギャング、アル・カポネも密造酒ビジネスで巨額の富を築きました。

さらに、禁酒法は連邦政府にとって財政上の問題をももたらしました。禁酒法施行以前、酒税は連邦政府の重要な税収源でしたが、禁酒法によって酒税の収入が失われる一方、禁酒法違反の取り締まり費用が必要になったため、禁酒法を維持することによる財政上の負担はみるみる増大していきました。

禁酒法の廃止

1929年に始まった世界大恐慌(Great Depression)によって、アメリカ経済は深刻な不況に陥りました。そうした中で、

  • 酒税による税収確保
  • 酒類醸造業・流通業の雇用回復
  • 禁酒法違反取締コストの削減

が求められるようになりました。

その結果、1933年、フランクリン・D・ルーズベルト政権の下で、禁酒法の根拠だった合衆国憲法修正第18条を廃止する合衆国憲法修正第21条(Twenty-First Amendment)が批准され、禁酒法は廃止されることになりました。

修正第21条は、これまでのアメリカ憲法史上、唯一他の修正条項を無効化した修正条項です。なお、修正第21条は、酒類の規制権限を連邦から州へ戻すことも定めたため、現在も、アルコール度数5%以上の酒類は州が管理する店舗以外で販売できないとするユタ州など、一部の州では厳格な酒類規制が存在します。

禁酒法廃止後のアメリカのビール産業

禁酒法によって、多くの小規模醸造所が廃業に追い込まれていたため、禁酒法廃止後にビールの製造・販売を再開できたのは、禁酒法で禁止されなかった低アルコールのビール等の製造によって禁酒法時代を乗り切った、資本力のある大手企業が中心でした。

そのため、禁酒法廃止後は、バドワイザーのAnheuser-Buschや、Miller、Coorsなどの大手メーカーが市場を支配するようになり、禁酒法以前から広がっていた大量生産型のアメリカンラガー(ライトラガー)が、市場をいっそう席巻するようになりました。

クラフトビールブームの始まり

アメリカンラガーは人々に強く支持されてきたものの、他のスタイルのビールも楽しみたいという需要は根強く存在していました。そうした中、1978年、ジミー・カーター政権下で、家庭でのビール醸造が連邦レベルで合法化され、ビール愛好家が自由に醸造の経験を積み技術を学ぶ環境が整ったことで、その後のクラフトビールブームの基礎が出来上がりました。

マイクロブルワリーの登場

1970年代後半から1980年代にかけて、ホームブルーイング(自家醸造)で醸造技術を磨いた醸造家によって、マイクロブルワリー(小規模醸造所)が各地で設立されました。代表例として、Sierra Nevada Brewing Co.、Boston Beer Company、Anchor Brewingが挙げられます。

こうしたマイクロブルワリーは、大量生産のライトラガーとは異なり、ホップの香りや個性的な風味を重視したビールの製造にこだわり、次第に人気が広がっていきました。

クラフトビールブームの拡大、定着

その後、1990年代から2000年代にかけて、アメリカの消費者の間で多様性を重視する傾向が強まり、クラフトビールもIPA(India Pale Ale)やスタウト、サワーエールなど多様なスタイルが造られるようになり、さらに「地産地消」の考え方とも結びつき、全米各地でクラフトブルワリーが急増しました。

その後クラフトビールはブームから、完全に人々の生活の中に定着していくようになりました。現在のアメリカは世界最大級のクラフトビール市場を持ち、1万近い数のクラフトブルワリーが独自の製品を展開しています。

まとめ

アメリカの禁酒法は、社会問題の解決を目指して1920年に施行されたものの、密造酒の流通や組織犯罪の拡大といった予期せぬ結果を招き、さらに財政上の負担も増大したことから、1933年に廃止されました。

禁酒法によって多くの中小醸造所が廃業した結果、禁酒法廃止後のビール市場は大手メーカーが造るライトラガーによって支配されるようになりました。しかし、ビールの多様な味わいに対する消費者の需要は失われておらず、1978年の自家醸造合法化を契機として、個性豊かなビールの製造を志す醸造家たちが各地でマイクロブルワリーを設立しました。

こうした動きはクラフトビールブームへと発展し、アメリカのビール文化に再び多様性をもたらしました。現在アメリカは世界最大級のクラフトビール市場を有し、人々は日々お気に入りの一杯を楽しんでいます。

参考文献
Hourly History. (2016). Prohibition in the United States. Hourly History.
Encyclopedia Britannica, “Prohibition”, https://www.britannica.com/event/Prohibition-United-States-history.